世捨て人の住む廃砦

統合失調症でぼっちである筆者のそれなりの生き方を模索するブログ。

自殺願望に取り憑かれていた頃と治ったことの話

内面的な話なので折りたたみ。最近内面的な話をしてしまうようになったなあ。




私は中学生から大学3年まで自殺願望に取り憑かれていた。
中学生の頃、学校の窓から下をじっと見つめていた時、笑ってた奴がいたのを思い出す。他人なんて冷たいもんだよ。
その時は統合も発症していたから、幻聴である可能性もあるけどね。

たぶん私は統合だけじゃなくて鬱も発症していたのだろう。
鬱は酷いよ。
生きているのが辛くて、気持ちは常に落ち込んだ状況になり、目の前は真っ暗闇、精神状態はゾンビみたいだった。
心はもう死んでいるわけで。なんで生きているのか理解できないくらいだった。
そういう状態で、自分では調子が悪いのだとは、全く把握できていなかった。
統合の症状については、自分が少しおかしいということに気づいたのだけどね。
医師に死にたくなると訴えたことがあるのは一回だけで、あーはいはい薬飲んでね、と言われただけだったので、鬱に関しては未治療だったと思う。
(確かに副作用が嫌で薬を飲んでいない時期はあったんだけど。抗鬱剤は処方されていなかった)

大学三年の秋ごろに、鬱に関しては急に調子が良くなったのだけど、その時は感動したね。
私は鬱だったんだと気づいたし、それが治ったんだって。
やっと心の安定がやってきたと。良くなってから一週間は信じられなかったね。また具合が悪くなるんじゃないかと心配した。

それから10年ほどが経つ。
鬱が治るというのは素晴らしい。
生きていて快適であるし、死のうともそうそうは思わない。
感情はフラットを維持できるようになり、落ち込むことは理由があるとき以外は全く無い。

鬱の人に○張れは禁句であるとよく言われるが、それは生きているだけでもう戦っているのと同じだからだと思う。
生きているだけで辛く、自殺願望と戦わなければならない。傷だらけでフラフラの状態で、気分の落ち込みと戦わなければならない。それが年単位で行われる。年中無休で。
もう心は死にかけているのだから、○張れという言葉は、死ねと言われているのと同じだろう。
そんな状態で果たしてどれだけの人が耐えられるか?
私も思い返すと、いま生きているのが不思議なくらいだよ。

私が治った理由は、統合の薬が鬱にも影響して治ったのか、理由ははっきりしない。
それでも治ってよかったよ。
今の今まであの状態が続いていたら、さすがに自殺したと思う。