世捨て人の住む廃砦

統合失調症でぼっちである筆者のそれなりの生き方を模索するブログ。

伝統工芸の職人がブラックという話だが

西陣織の職人のTwitterでの発言が炎上したらしいけども。

 

住所が近かったら行きたかったかもしれない。
お金はもらえないとはいえ、ものになるかどうかにかかわらず、教えてはくれるんだから、家が近かったら、5年位は修行して様子を見てもいい気がした。

 

伝統工芸系の職人になるのもいいよなあ。
私は伝統工芸品は、物によっては好きなんだよね。
西陣織を検索したら、柄が凝ってて細かく、製作難易度がとても高そうだ。そしてきれいだと思う。

 

ただ、私のような30代半ばの障害者は、必要とされない気がする。
こういう職業は若い人を欲しがるものね。
それに障害者は差別されそうな気もする。これは憶測だけど。

 

ハロワで伝統工芸系の職を調べてみると、正社員ではなく、月給が安い。16万円ももらえないのはザラのようだ。
障害者雇用だとこれくらいで買い叩かれることも多いが、調べたのはあくまでも一般就労だ。
これでは普通は別の職を選ぶだろうし、人が来ないのも当然であろう。

 

 

話は少し変わるけど、伝統工芸は、後継者がいた所で、何でもかんでも残っていくわけではないと思っている。
滅びても仕方がない物もあるだろう。
今の技術や機械での製作のほうが優れていることもある。
それとも、優れている優れていないにかかわらず、残していくべきものなのか。私にはわからんなー
残したいなら、国がお金を補助するなりして、人を集めて、絶える前に人材を育てていくべきだろう。

 

職業には、いま現在、儲かる職業と、儲からない職業がある。
手工芸系は厳しいところにあるだろうな。

 

 

Vitaの、この世の果てで恋を唄う少女YU-NOの限定版を買った

まず、私は先日、PS4の「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO」の通常版の初回版を買った。

 

このゲームは名前は知っていたものの、未プレイだった。まあ、1996年12月に、PC9801用の18禁ゲームとして発売され、PC98時代の後期のゲームだから当たり前ではあるのだが。私は発売当時は14歳だった。


そして発売から20年ほど経った最近、PS4PSVitaで、リメイクされたものが発売された。

 

初回版はPC98版がプレイできる、というので興味本位でPS4版を買ってリメイク版をプレイしてみたら、原曲、リメイクともに音楽がいい感じだった。リメイク版の音楽は、98版とリメイク版で切り替えができる。(PC98版は起動しただけで満足した)

 

なので、作中の音楽を収めたCDが付属している、PSVita版の限定版を買った。Vita版なのは、それしか売ってなかったし、CDの内容は同じはずなので。1万2千円程度と結構お高かったのだが、思い切って購入した。
今のところ、作中の音楽を聴く手段は、この限定版のCDか、Retro PC GAME MUSIC Streaming Radioさんというサイトしかない。
なので、限定版を買うことにした。
CDはハイレゾ版が中心の収録だったが、MP3でも収録してくれているので、iPod touchの私はそちらを入れた。


PS4版でゲームの方も、少しずつ続けているのだが、ちょうど物語が動き出した所で、面白そうだと思った。できればクリアまでいけるといいんだけども。
話のテンポが良いし、プレイヤーが飽きないようにも、うまく作られてるなという印象だ。
リメイク版の文章部分は、表示スピードの追加やボイス付きにはなっているが、手を入れていないだろうから、このテンポの良さは当時のままなのだろう。

 

yu-no.jp

 

 

 

 

最後に余談だが…
PC98などの音源が聴けるソフトのHootでも聴けるはずだが、Hoot Archivesのファイルは反応せず。自分でファイルをまとめて試そうにも、そのために必要なソフトがネットから消滅しているため、現在は実質無理となっている。

 

リアクションは自由意志

最近、WiiUにバンドルされていたスーパーマリオメーカーを今更ながら起動した。

確か、作中で、自作ステージを投稿する際に関してのガイドラインが表示されたと思う。

 

それには、作中で投稿した作品にいいねを要求する行為はルール違反、というようなことが書いてあった。
なるほど、と思った。
自分のしたことに、リアクションを要求するのは違反行為だったのだな。

(作中でいいねという評価に対する影響力も反映されているとは思うが、この話は一般化することもできると思う)

 

これは、SNSやブログ、リアルでも同じことだろう。
リアクションは自由意志で行うものであり、要求するものではないと。
それに要求したからといって、得られるものでもない。


いい歳した大人なのにわかっていなかったわ。

例えば、私の別ブログは年単位でリアクションがなく、がっかりしてしまう事が多かった。最近では、諦観というか、諦めの境地に至ったのだが。
そもそもの認識が間違いだったのだ。
リアクションは求めるものではないと。

 

なかなかすぐには、自分の認識や気持ちというものは、変えられないけども、リアクションは要求するものではないということを頭に入れて、気をつけていきたいと思う。