世捨て人の住む廃砦

統合失調症の筆者がそれなりの生き方を模索するブログ。

リアクションは自由意志

最近、WiiUにバンドルされていたスーパーマリオメーカーを今更ながら起動した。

確か、作中で、自作ステージを投稿する際に関してのガイドラインが表示されたと思う。

 

それには、作中で投稿した作品にいいねを要求する行為はルール違反、というようなことが書いてあった。
なるほど、と思った。
自分のしたことに、リアクションを要求するのは違反行為だったのだな。

(作中でいいねという評価に対する影響力も反映されているとは思うが、この話は一般化することもできると思う)

 

これは、SNSやブログ、リアルでも同じことだろう。
リアクションは自由意志で行うものであり、要求するものではないと。
それに要求したからといって、得られるものでもない。


いい歳した大人なのにわかっていなかったわ。

例えば、私の別ブログは年単位でリアクションがなく、がっかりしてしまう事が多かった。最近では、諦観というか、諦めの境地に至ったのだが。
そもそもの認識が間違いだったのだ。
リアクションは求めるものではないと。

 

なかなかすぐには、自分の認識や気持ちというものは、変えられないけども、リアクションは要求するものではないということを頭に入れて、気をつけていきたいと思う。

 

病人の集まり

私の通っている就労移行支援に所属していたある人が、「自分の悪口を言っている人がいるのはわかっているんだ」といったことを周囲に向かって言ったことがあったらしい。
この話を聞いて、就労移行支援は、やはり病人の集まりなのだなと思った。


私はその人のことは好きではなかったが、職員に面談の時に、「あの人好きじゃないんですよね」と言っただけであるし、悪口のうちにも入らんだろう。それに、その人は私は除いて、周囲には愛想よくしていたので人気があった。

 

そう思うと、その人の言葉は被害妄想である気がした。


それに、仮に悪口を言っている人がいたとしても、だから何だと思う。
他人の行動は止められるわけでもないし、気にするだけ無駄だ。
嫌だと思っても、行動を封じることは誰にもできない。

 

しかし、よく考えたら私も職員に嫌われてるんじゃないか、ということを気にしたことがあったから、気にすると深みにはまっちゃうかね。あまり人のことを言えた義理でもないか…。

インターネットに時間を捧げる

私は学校卒業後、引きこもっていた時期が4,5年ほどあるのだが、その間何をしていたかというと、具体的には記憶がほとんどない。

 

推測すると、おそらく、1日中ほぼインターネットをして過ごしていたと思われる。

 

インターネットは広大で、1日使ったとしても、とてもまわりきれるものではない。
なので、飽きが来ないのである。少なくとも私にとってはそうだ。

 

しかし、20代の若い時間をインターネットに費やしてしまったのは損失だったとは思う。

 

調子が悪かったとはいえ、もうちょっと有意義に感じられることに時間を使えばよかったと、今になって後悔している。

 


人生を楽しむにも、気力体力が要るような気がしてならない。
今では休日に無気力になることも多い中、私にとってインターネットは、お手軽な時間の消化法だ。

今でも、何もやる気が無い時は、インターネットを見て過ごしていることが多い。

しかし、インターネットを見ているだけでは得られるものが少ない。

もっと無気力になる時間がなくなって、インターネットを見る時間を減らしたほうがいいと思う。

 

無気力になる時間はどうやったらなくなるのか、私にはわからん。Twitterで某絵描きさんが「やり始めればやる気が出る」と言われた。休日にそれを適用するのはやりすぎかなと思っているが…実行すべきか悩む。